気づきの伝播と聖杯

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気づきの光

 

一人一人が、その世界で、内なる世界で、

さまざまな環境で、さまざまな思いで

思いを浄化し、小さくても何か視野を拡大するような

ピカッという気づきの光を灯したときに、

それは聖杯というのか、人類の集合意識をためるそこに

蓄積されてゆき、

聖なるエリクシールのように、一人一人が涙と笑いでもって

見つけた、そのほんのささやかなものが、

たくさんたくさん・・・集まって、

ある程度たまると、同じような波動を発するところへと

自然に伝播してゆく。

 

内なるところにぽっと灯った思い、小さな気づきであっても

実は先人の結晶がそこにあってもたらされている、つながっている。

それを考えると、私一人の気づきもまた

その『聖杯』へとたまり、波動が合う方へと

自然と伝わってゆくのだろうかと、

一人一人の思い、精錬がやはりとても大切なことなのだと感じる。

人間、その生き方においては独立独歩であっても、

内なるところはすべてつながり、境界がない。

響きを通してつながっている。

聖杯はその、ピュアな響きをためる器。

 

  • 2015 07.29
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